彦市   » 名古屋の祭り » 3-0.昔の祭り

名古屋は新しい城下町であったので、歴史基盤が浅く、革新的な気風が育ちやすく、庶民の文化芸能活動も盛んでした。

これは、濃尾平野という穀倉地帯に恵まれた暮らしやすい気候だから、暮らしに余裕があったのでしょうか。

従って、祭りは庶民の一番の楽しみであり、親睦の為でもあって、各町内ごとに山車の豪華さを競っていました。

太平洋戦争で焼け野原となりましたが、戦前までは代表的な庶民行事でした。

昭和時代に入ると、周辺の町村人口が増加して、郷社の氏子祭りも盛んになったようです。

近郊の半田市では、明治時代に醸造業が栄えたので、成金者の寄付などで山車がたくさん造られて、現在も温存されています。



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Last-modified: 2018-06-07 (Thu) 18:39:45 (JST) (189d) by hikoichi