彦市   » 名古屋の祭り » 2.まつりの始まり

名古屋の地は、戦国時代には小城があった程度で、原野が広がった河口地帯でした。

慶長15年になって、徳川義直公名古屋城構築を始めて4年後の慶長19年に完成しました。

城下町は、京都の街を参考にして、碁盤割に整地して、清須の町名を付けて、清州城から移転したようです。

こうして「名古屋」と命名した城下町が形成されました。那古野⇒名古屋?

その後は港の方面が埋め立てられて、南に向けて拡張されて大都市に発展しました。

そして、明治43年時点で人口が50万人になっていたようです。

この明治43年は、名古屋開府300年にあたり、3月に「関西2府10県連合共進会」と称した祝賀博覧会が開催されました。

この時には、市内の各神社で盛大な祭り行事が開催されて、17輌の山車が曳きまわされたようです。

山車1輌当たりの平均価格は、当時の金で5万円であったという。

祭り好きの名古屋人が町内対抗して、気張って山車を製作した事が伺えます。



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初版日時: 2017-05-11 (木) 18:32:30
最終更新: 2018-02-15 (木) 13:24:32 (JST) (4d) by hikoichi