彦市   » 人類生存の危機 » 持続可能性革命の必要性

 太古の人類は狩猟採取生活でしたが、野生生物が不足するようになったために定住する農業が発達し、その後は、人口が増加して、土地やエネルギーが不足するようになり、石油が発見され、産業革命もあって、現代に至っています。

しかし、限られた地球の土地と資源は、70億に達した人口には、新しい不足をもたらしました。

足りなくなったのは、単に野生生物や土地、燃料や金属だけでなく、人間や動物が生存する地球環境の力そのものです。

人間の地球環境に与える圧力や負荷が、持続可能な線を越えてしまったのです。

産業革命以降も科学技術が進展したが、地球社会が行き詰まり傾向にあり、次の革命が再び必要になったのです。

 紀元前6000年ごろの農民に現在の最先端のトウモロコシ畑や大豆畑を予想することができなかったように、また1800年のイギリスの炭坑夫が、トヨタの自動組み立てラインを想像できなかったように、今日の時点で第三の革命、持続可能性革命が、どのような世界を生み出すかは、だれにもわかっていません。

しかし、これまでの大きな革命と同様に、この第三の革命も、地球の表面や人間のアイデンティティ、制度や文化の基盤を大きく変えることになるでしょう。

そして、その歩みはすでに始まっています。

第三の革命がもたらそうとしている「持続可能な社会」にはさまざまな定義がありますが、世代を超えて持続できる社会であり、その社会を維持している物理的・社会的システムを損なわないだけの先見性と柔軟性、知恵を備えた社会であるといえましょう。

しかし、これまでの革命と同じく、この革命が全面的に展開するには、きっと何世紀もかかるでしょう。

どうすればこのような革命を起こせるか、だれにもわかっていません。
「地球規模で第三の革命を起こすための20のステップ」というようなチェックリストはないからです。

過去の大革命と同様に、今回の革命も誰かか計画したり指図をして起こすものではありません。

何十億もの人々のビジョンや洞察、実験や行動から生まれるものなのです。

 システム思考の見地からいうと、持続可能な社会とは、人口と資本の加速度的な成長をもたらす正のフィードバックを抑制するための情報や、社会・制度のメカニズムが備わっている社会です。

つまり、技術変革や社会的な決定にきちんと裏付けられた形で変化させないかぎりは、人口や資本の水準が安定しているということです。

出世率は死亡率にほぼ等しく、投資率は資本減耗率にほぼ等しい状態です。

社会的に持続可能であるために、すべての人に適切な物質的な生活水準を保証し、公平に分配されるよう、人吉と資本と技術の組み合わせを考える必要があります。

そして、物質的な拡大ではなく、質的な向上を寄せる社会になるでしょう。

成長ありき」ではなく、社会の重要な目標に役立つ成長だけを選び、何のためのどのような成長をどのくらい続けるのかを考え、ひとたびその目的を達すれば、その成長の追求をやめるでしょう。

行き過ぎを正し、限界の枠内に戻るために、意図的なマイナス成長も考えるかもしれません。

平和的な変革に向けた五つのアプローチ

 どうすれば、もともと変革に抵抗する性質を待ったシステムを、平和的につくり直していけるのでしょうか? 

模索する中で、私たちは合理的な分析、データ収集、システム思考、コンピュータによるモデリング、できるだけ明晰な言葉などのさまざまな手段を試してきました。

このようなツールは、リサイクルと同様に役に立ち、必要なものですが、それだけでは十分ではありません。

 それでは、十分なツールとはどのようなものでしょう? 

少なくとも私たちが「役に立つ」と実感を持って思いついた五つのツールを説明しましょう。

それは、「ビジョンを描くこと」、「ネットワークをつくること」、「真実を語ること」、「学ぶこと」、そして「慈しむこと」です。

 革命と呼べるほどの規模の変化が必要な現状を考えれば、この五つは頼りないツールに見えるかもしれません。

しかし、このそれぞれは、変革を生み出し、広げていくための自己増殖型のフィードバック・ループの中に存在しています。

したがって、最初はごく少人数の人々がこのツールを使っていたとしても、ねばり強くコツコツと使っているうちに、大きな変化につながる可能性があります。

もしかしたら、現在のシステムに挑み、革命をもたらす手助けになるかもしれないのです。

 自分たちの将来が危機に瀕しているときに、このようなソフトなツールに頼ることは不安だと思う人がいるかもしれません。

そこで往々にして、このようなツールではダメだと却下し、リサイクルや排出量取引、野生保護区など、必要ではあるが十分ではない(しかし少なくとも、どうすればよいかを知っている)部分的な話に転じてしまうのです。

しかし、私たちはこうしたアプローチを使いこなせるようになって、社会のあちこちに正しい方向へ向かうフィードバック・ループを埋め込んでいかなくてはなりません。

ビジョンを描くこと

ビジョンを描くとは、想像することです。

本当に望んでいるのは何かということを、まず全般的に、そしてしだいに細かいところまで思い描いていくことです。

思い描くのは、あくまで自分が本当に望むことであって、人からそう望むよう教えられたことでも、それで我慢することに慣れてきたことでもありません。

「本当にできるのだろうか」という思いや不信、過去の落胆といった制約を外し、自分の大事な夢に思いをめぐらせることです。

熱心にビジョンづくりに取り組み、楽々とできる人もいますが、ビジョンづくりは怖くて苦痛を伴うという人もいます。

可能な世界がこうこうと輝くことで、現実の世界が耐え難くなるのかもしれません。

中には、自分のビジョンを決して認めない人もいます。

実際的でないとか、非現実的と思われることを恐れているのです。

これまでの経験にあまりにも打ち砕かれてしまって、「どんなビジョンだって実行は不可能だ」としか言えない人もいます。

それはそれでかまいません。

懐疑的な人も必要なのです。

そういった見方があってこそ、節度あるビジョンが描けるのですから。

私たちも、ビジョンがあれば何だって実現できると信じているわけではありません。

行動を伴わないビジョンは役に立たないのです。

しかし、ビジョンを欠いた行動では、方向性もなければ力もありません。

指針を示し、やる気を出させるために、ビジョンは必要不可欠なのです。

ビジョンが幅広く共有され、しっかりと見えていれば、新しいシステムをつくり出すことができるのです。

私たちは本当にそう思っています。

空間、時間、物質、エネルギーといった限界の枠内で、ビジョンを持った人間の思いが、単に新しい情報や新しいフィードバック・ループ、新しい行動パターン、新しい知識、新しい技術をもたらすだけではなく、新しい制度や新しい物理的構造を生み出し、人間の中に新しい力を芽生えさせるのだと信じているのです。

その姿を広く描き出すまでは、持続可能な社会を100パーセント実現することはできないでしょう。

しかも、ビジョンは、多くの人々が築き上げてはじめて完全なものとなり、人を動かす力を持つようになります。

ネットワークをつくること

ネットワークには、公式のものもあれば非公式のものもあります。

多くのネットワークは小さいものですが、その効果は決して小さなものではありません。

小さな非公式ネットワークの中で新しい情報が生まれ、そこから新しいシステム構造が発展する可能性があるのです。

地域的なネットワークもあれば、国際的なものもあります。

メールなどを介する電子的なネットワークもあれば、実際に毎目顔を合わせるネットワークもあるでしょう。

どのような形態であっても、ネットワークを構成しているのは、人生のある側面についての関心を共有する人々です。

連絡を取り合い、データやアイディアや励ましを送り合い、お互いを好きで尊敬し、支え合っている人たちなのです。

ネットワークの何よりも重要な目的の一つは、そのメンバーに、自分ひとりではないということを思い出させてくれることです。

ネットワークは階層的なものではなく、人々が対等につながっている網の目です。

力や義務、物質的なインセンティブや社会的契約によってではなく、価値観の共有や、一人ではできないこともみんなでやればできる、という認識でつながっているのです。

さまざまな共有の目的を持った人々が、何十万というネットワークを生んできました。

中には、重要なネットワークになり、事務所や予算を持つ公式な組織に発展するものもありますが、大部分のネットワークは必要に応じて発生し、必要がなくなれば消滅していきます。

インターネットの普及は間違いなく、ネットワークの形成を促進し、加速しています。

持続可能性革命のどこかの部分に関心を抱いたら、同じ関心を持つ人々のネットワークを探して参加をしたり、白分でつくっていくことができるでしょう。

ネットワークがあれば、どこで情報が得られるか、どのような参考文献やルールがあるのか、手助けを得るにはどこへ行けばよいのかなどがわかるでしょう。

適切なネットワークなら、自分が学ぶうえで役に立つだけではなく、学んだことをほかの人にも伝えていくことができます。

真実を語ること

人を操作しよう、そそのかせよう、実行を遅らせよう、利己的な行為を正当化しよう、権力を手に入れたり守ったりしよう、耳障りな現実を否定しようとするとき、真実ではないことが語られます。

ウソは情報の流れをゆがめます。

情報の流れがウソによってゆがんだり途切れたりすると、システムはきちんと機能できなくなるのです。

システム思考の中でも最も重要なポイントの一つは、情報をゆがめたり遅らせたり、隔離してはならないということです。

その理由は、これまでに述べてきたことで明らかでしょう。

あなたが街角で、職場で、仲間に対して、特に子どもに対して話をするときには常に、ウソに立ち向かい、真実を断言できるよう努力することができます。

「物をたくさん持っているからといって善い人になれるわけではない」と言うことができます。

「金持ちがもっと金持ちになることが、貧しい人を救うことになるのだろうか」という疑問を口にすることができます。

誤った情報に立ち向かえば立ち向かうほど、私たちの社会は、自分たちで担えるものになるのです。

学ぶこと

いくらビジョンを描いても、ネットワークをつくっても、真実を語っても、もしそれを行動するための情報として提供しなかったら、役には立ちません。

持続可能な世界をつくり出すために行うべきことはたくさんあるのです。

新しい農業方法を実践する必要があります。

新しいビジネスを始め、古いビジネスは、その環境への負荷を減らすよう再構築する必要があります。

土地を守り、エネルギー・システムを転換し、国際条約をつくる必要があります。

新しくつくるべき法律と、廃止すべき法律があります。

子どもたちに教え、大人にもやはり教えなくてはなりません。

映画をつくり、音楽を演奏し、本を出版し、ウェブサイトを立ち上げ、カウンセリングを行い、グループを指導し、補助金を廃止し、持続可能性指標を開発し、あらゆるコストを含めるように価格付けを変える必要があります。

こうしたことを行う上で、各自が自分に最も適した役割を見出すでしょう。

しかし、何をやるにしても謙虚な気持でやること、不変の方針としてではなく、実験として行うこと、どのような行動をとるにしても、その行動から学ぶことは大変重要なことです。

学ぶとは、ゆっくり進み、物事を試し、その行動がもたらす影響についての情報を集めようとすることです。

そこには、その行動がうまくいっていないという、うれしくない重要な情報も入っているかもしれません。

しかし、だれもが間違いを犯し、その間違いについて真実を語り、そして先に進んでいくことによって学ぶことができることを忘れてはいけません。

学ぶこととは、元気に勇気を持って新しい道を探ることです。

ほかの人がほかの道を探究していることに心を開き、もしそちらの道のほうがよりまっすぐに目標につながっていると思えば、自ら進む道を切り替えることです。

指導者といわれる人々が、ほかの人以上に持続可能な社会を実現する方法を知っているわけではありません。

それどころか、その必要性にさえ気づいていない指導者もたくさんいるのです。

持続可能性の革命を起こすには、家庭から地域社会、国から世界に至るさまざまなレベルで、一人ひとりが、あるレベルで学習するリーダーとして活動をする必要があります。

慈しむこと

組織的に個人主義や競争心をあおり、短期的なことばかりに注目する社会では、力を合わせて解決しようとする気持ち、愛や思いやり、慈しむ心は、なかなか見つけることが難しいものです。

このような人間の優れた資質を、信じることも育てることもしない文化は、持てる選択肢が悲しいほど制限されてしまいます。

持続可能性革命は、何にも増して、人間の最も悪い部分ではなく、最も良い部分を表面化し、育てることができる社会的変革でなくてはなりません。

ルールも目標も、情報の流れも、人間の好ましい資質を抑える方向につくられているシステムの中で、愛や友情、寛容さ、理解、結束を実践するのは、容易なことではないでしょう。

でも、私たちもやってみます。

みなさんも是非やってみてほしいのです。

変わりゆく世界の難しさに対峙するときには、自分自身に対してもほかの人に対しても、忍耐強くいてください。

避けがたい抵抗を理解し、共感してください。

私たち一人ひとりの中に、ある種の抵抗や持続可能ではないやり方にしがみつきたい気持ちがあるのです。

しかし、自分の中にも、ほかのだれの中にもある、人間としての最高の才能を見出し、信じることです。

周囲の冷笑的な声にも耳を傾け、それを信じて疑わない人に同情しましょう。

しかし、そのような冷笑的な声を自分では信じてはいけません。

地球規模のパートナーシップの精神を持って行わない限り、人間は持続可能なレベルにまで地球環境に対する負荷を減らすという冒険に、勝利を収めることはできないでしょう。

自分自身もほかの人たちも、一つに統合されたシステムの一部であると見なすようにならないかぎり、崩壊を避けることは難しいのです。

そのためには、思いやりの気持ちが必要です。

それも、同時代に自分のまわりにいる人たちだけではなく、遠くに暮らす人々や将来世代への思いやりが必要です。

未来世代に生き生きとした美しい地球を残すという考えを、心から大事に思えるようにならなくてはなりません。

未来は自ら選び取るもの

私たちの世界は、運命の決まっている未来に直面しているのではなく、選択を目の前にしているのです。

選択とは、どのような世界観(メンタルモデル)を選ぶかです。

それによって生まれるシナリオも違ってくるからです。

この世界にはいかなる限界も存在していない」という考え方もあります。

このメンタルモデルを選択すると、相変わらず資源やエネルギーを掘り出すビジネスを奨励することになり、人間経済は限界をさらに超えることになります。

その結果は崩壊しかありません。

またもう一つのメンタルモデルとして、「現実に限界はあり、すぐそこに追っているが時間は足りず、人間は節度を守ることも、責任や思いやりを持つこともできない」という考え方もあります。

これは、そう思ったらそういう行動をとるでしょうから、これは「言ったらその通りになる」という自己達成型モデルということができるでしょう。

もし世界の人々がこのモデルを信じようと選択すれば、その結果はやはり崩壊しかありません。

 第三のメンタルモデルは、「現実に限界はあり、すぐそこに追っている。しかし、ぐずぐずしている時間はないが、ぎりぎりまだ間に合う」と考えるものです。

人間の地球環境に対する負荷を計画的に減らしていくことにより、多くの人々にとってより良い世界へ向けて、持続可能性革命を起こすことができる。

そのために、ちょうど足りるだけのエネルギー、物資、資金、環境の回復力、人間の美しい特性を私たちは持っていると考えるのです。

この第三のシナリオも、間違っているかもしれません。

しかし、世界の現状に関するデータから地球規模のコンピュータ・モデルで、私たちが研究してきたものから、このモデルがひょっとすると正しいかもしれないことがわかります。

正しいのか間違っているのか確実に知るためには、試してみるしかないのです。

つまり、結果を待つしかありませんが、今、最善の選択が求められています。

[引用資料] b5


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初版日時: 2017-03-06 (月) 10:29:54
最終更新: 2018-04-13 (金) 18:50:11 (JST) (18d) by hikoichi