彦市   » 人類生存の危機 » 彼女が伝えたかったこと

 ある日、妻のドネラ・H・メドウズは、米国ニューハンプシャー州プレーンフィールドの農場にあるわが家に帰ってくると、きっぱりとこう言いました。

「ダートマス大学の常勤教授を辞めることにしたわ。もっと書く時間がほしいの」。

 彼女がもっと大切だと思うことをしたいと、輝かしい経歴を手放すのはこれが初めてではありませんでした。

1969年にハーバード大学で博士号を取得したときのこと、核磁気共鳴の革新的な応用について書いた彼女の論文は、生物物理学の分野で国際的な評価を得、ハーバード大学で仕事をしないかという話が来ました。

ところが彼女は、ローマ・クラブから委託された新しいプロジェクトに私と一緒に取り組みたいからと、名だたる研究所で博士号取得者向けの特別研究員になるというその話を辞退したのでした。

私たちと他の科学者14名からなるチームは、2年間をかけて、世界の人口と産業活動の成長の長期的な原因と結果に関するコンピュータ・シミュレーションの研究を行いました。

 この仕事{ローマ・クラブから依頼された「地球の資源と環境変化と世界の人間社会」との関係をコンピュータで動的にシミュレーションすること}に備えて、ドネラはコンピュータによるモデリング手法を独学で勉強しました。

彼女はあっという間にこれを習得し、私たちの考案した、世界を対象としたコンピューターモデルの人口の部分を構築する責任者になりました。

そして、最初の報告書『成長の限界』の主著者を務めました。

この本は日本語をけじめ35の言語に翻訳され、世界中で300万部以上が売れています。

 1972年、ドネラと私はニューハンプシャー州に引っ越し、米国でも最も歴史ある優秀な大学の一つであるダートマス大学の教職に就きました。

ドネラは、女性としては学部で初めて終身在職権を与えられ、その後、ダートマス大学初の女性正教授となりました。

「今年、全米で最も優秀な若き女性教諭」に選ばれた年もあります。

 教授としてのキャリアは順調だったにもかかわらず、ドネラは大学での型どおりの仕事にもどかしさを感じるようになり、「肩書や終身在職権はいらない」と言い出しました。

この前代未聞の要望に大学側は困り果てましたが、やっとのことで彼女は非常勤教授になることを了承しました。

研究室を持ち、大学で環境ジャーナリズムに関する講義を毎年1つ受け持つことになったのです。

ドネラは、書くことに専念したかったのでした。

 言うまでもなく、彼女は本も書きました。

著者として刊行された本は10冊を数え、2001年に早過ぎる死を迎えたとき、書きかけのものが何冊かありました。

とはいえ、本を書くことは彼女の仕事のほんの一部分に過ぎませんでした。

主要なテレビ番組シリーズの制作に協力したり、数え切れないほどの講演やインタビューをこなすほか、本以外で活字となって発表された彼女の原稿は7,000ページを超えます。

そのどれもが洗練され、分かりやすく、洞察に満ちたものです。

でも、ドネラにとって何より大切な仕事は新聞の仕事でした。

 ドネラは16年にわたって新聞のコラムを書き続けました。

彼女の書いた800本ものコラムは、25の新聞で連載されました。
この仕事で、彼女はピューリッツア賞にノミネートされています。

 本書「地球の法則と選ぶべき未来」は、ドネラの書いた新聞コラムのうち、32編を日本語に翻訳したものです。

読んでもらえばおわかりいただけると思いますが、彼女の書いたものは今なお、私たち一人ひとり----教師やアナリスト、経営者やコンサルタント、そしてとりわけ市民一人一人や有権者----に、この上なく大切な知恵をもたらしてくれます。

新聞用のコラムだったため、それぞれ1,000文字以内で書かなくてはなりませんでした。

そのため、それぞれの重要な問題の一番大切なことだけに焦点を絞らなくてはなりません。彼女が取り上げたさまざまな問題は、今だなくなってはいません。

そして彼女が書いた内容は、今なお的を射ています。

 ドネラは「私たちにはもっとよくできる力がある」とどこまでも信じていました。

そうすることで、私たちは、世界がより公正で美しく、持続可能な道筋に沿って進む手助けができる----彼女は心の底から希望を持っていたのです。

 ドネラはコラムを「地球市民」(The Global Citizen) と名付けました。

重大な問題はトップ・ダウン方式では解決されないものだということを、ごく普通の人々が地球や未来のことを心から大事に思っていることを知っていたからです。

メディアが読者や視聴者に敬意を持って必要な情報を届けてくれさえすれば、一般の人々は生まれながらにして、因果関係の構造を理解する力を持っているので、新たな知識に基づいて白分たちの行動を変える力を持っている----彼女はそう信じていました。

 毎週のコラムでは、難しいけれど大切な問題を取り上げました。

妊娠中絶、気候変動、経済危機、失業、企業による独占行為、「政治家」の失策、環境破壊、経済の不平等さなどです。

たいていの人なら絶望的な気持ちになってしまうような問題を分析していても、ドネラはいつも楽観的でした。

彼女のコラムは、問題の構造的な原因を分かりやすい言葉で示してくれます。

そして読者は、激しい憤りの気持ちや使命感や達成感、目的意識を呼び起こされるのでした。

 米国でも指折りの有名大学での終身在職権のある教授の地位を、ドネラが手放そうとする理由を理解できる人はほとんどいませんでした。

でも、彼女にとってはシンプルなことでした。

彼女はこう書いています。

貧困や汚染、戦争といった世界でも最も深刻な問題を解決するためには、徹底的にシステムを作り直す必要があります。

そして、そのための第1歩は、これまでとは違う考え方をすることです。

一人一人がこれまでとは違う考え方をすること、社会全体が考え方を変えていくことです。

国民全体に違う考え方をさせることができる力が、今の世界に一つだけあります。

マスメディアです。

ですから、私はコラムニストになろうと決めたのです。

世界の状況や政策立案者らの及び腰の対応にはもう耐えられません。

学術論文をもっと書いたり、すでに解っている人たちに更に呼びかけたりすることが役に立つとも思いません。

新聞の社説面に、システムの理解に基づいた、地球のことを第一に考えた長期的な物の見方や考え方が出ていたら、と思いました。

誰かが書いてくれないかとずっと待っていましたが、誰もやってくれません。

だから、自分でやることにしたのです
」。

 私は今でも、ドネラの書いたものを読み返します。

楽観的な気持ちを持ち続け、今直面している問題に対して行動を起こすのに必要なインスピレーションや勇気をもらうためです。

ドネラの早過ぎる死によって、彼女の声があまりにも早く聞こえなくなってしまったことを残念に思わない日はありません。

もし今もドネラがコラムを書いていたら、現在の危機を乗り越える道を見つけようと必死にもがいているりーダーたちは、驚くほど有益な洞察を得ることができたことでしょう。

そして、そういう人々にとって本書を読むことがとても大きな力になることは間違いありません。

 テニス・L・メドウズ

  アメリカ、ニューハンプシャー州ダーラム 2009年6月28日

[引用資料] b2



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初版日時: 2017-03-06 (月) 09:33:33
最終更新: 2018-02-15 (木) 12:58:17 (JST) (3d) by hikoichi