彦市   » 二宮尊徳 » 分度の必要

要約です。

分度は、立身出世して家を継続させる為に、設定するものであるが、自分の為だけの理論ではありません。

また、自分勝手な人には必要ありません。

貧富に関係なく、貴賤を問題にするのでもなく、全ての人に必要な方法です。

しかし、世の中では、未だ良く理解されておりません。

単に困っている人を助けるだけでは、更に欲求が増すだけで満足に至らないでしょう。

この心理は、貧者も富者も同様です。

従って、収入の半分で生活をして、残る半分を譲ることを、翁は人々に教育しました。

貧困極まれば、勤倹となり、勤倹を続けると富裕になり、富裕が続くとおごりや怠け心が生じて、貧困に戻ります。

これが、人の世の実態であり、循環しているのです。

従って、世の中には、貧困に生まれて富裕で終わる人、富裕に生まれて貧困に終わる人がいます。

自分1代では変化無くても、2世や3世で、若しくは、4世や5世で循環する場合もあります。

この循環は、自然の成り行きに身を任せて生きるからであり、教えを受けていないからです。

自然現象は制裁できないが、人事の循環は人道を以て制裁可能です。

人道とは、分度法のことです。

分度を立てて、これを実行すれば、どの様な人事の循環でも免れることが可能です。

富者は、守銭奴と見られたり、ケチと言われたり、無慈悲な人として非難攻撃されることが多々あります。

容易に集められる物は、すぐ散り失せるが、また、集めることが容易にできます。

蓄財に関しても同様で、安易に集まったお金は、無駄遣いなどで次々と出ていきます。

これは、他譲という理屈を知らず、度外の蓄財を経験していない富者の場合であり、実に惜しまれます。

ある人から、富国安民の要訣を問われた翁は、「能く積みて能く散ずるの一事なり」と答えられました。

分度は、「よく集めよく散らす」の教えであり、分度を実行して度外を推譲すれば、生活財は尽きることなく、慈善救済も並行できるので、周囲も幸せになり、自身の富を維持できるので、安泰に暮らせるのです。

勤惰倹侈は盛衰貧富を分ける要因であり、動かしがたい原則です。

しかし、人それぞれに生活実状が違うので、色々な選択肢があって当然です。

分度は、勤惰倹侈を判定する尺度であると言えます。

贅沢は自身の敵であり、分度を破壊する要因ですが、贅沢の定義は曖昧です。

時代や生活水準の違いによって、同じ品物や行動が、必需品や日常生活に当てはまったり、贅沢品や驕った行動になったりするからです。

しかし、分度によって判定すれば、直ちに、この難問が解決します。

何故か。

分度の尺度では、各自の分内で許容される範囲で賄うものは贅沢品とはならないからです。

度外の費用で賄えば、贅沢品となります。

無駄を排除する原則として、物資やエネルギーは効率よく有効に利用しなければなりません。



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初版日時: 2017-11-27 (月) 20:56:56
最終更新: 2018-02-15 (木) 15:19:23 (JST) (4d) by hikoichi