彦市   » 近代の国際歴史観を紹介 » 軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃

2017年4月8日

 米トランプ大統領は、米国東部時間の4月6日午後8時40分、訪中した中国の習近平主席との晩餐会などをやっている時、米軍に、59発の巡航ミサイルをシリア政府軍の空軍基地に撃ち込ませた。

米国が正面からシリア政府軍をミサイル攻撃したのは、11年のシリア内戦開始以来、これか初めてだ(誤爆と称する攻撃は昨年あった)。

トランプは、シリア政府軍が4月4日にシリア北西部のイドリブ近郊で化学兵器を使って村人たちを殺したので、その残虐な行為に対する報復をしたのだと述べた。

だが、4月4日の事件は、化学兵器を使ったのが政府軍でない可能性がかなりあり、これから国連が真相究明を進めようとしていた。

トランプは、勝手にシリア政府軍がやったと決めつけ、濡れ衣をかけた上で、報復と称してミサイルを撃ち込んだ。

 トランプは4月4日以来「化学兵器で子どもたちを殺したアサドが許せない。武力で転覆してやる」と息巻いている。

だが実のところ、米軍がアサドを殺すことは不可能だ。

アサドは、ロシア軍に守られている。

米軍は今回、ミサイル発射前にロシアに通告し、ロシアは防御や対抗手段をとらずミサイル攻撃を批判しつつも看過した。

だが、次に米国がシリア軍の施設をミサイル攻撃するなら、ロシアはもっと強い態度に出て、防御や対抗手段をとる。

米軍機が勝手にシリア領空に入ってきたら、露軍が迎撃するかもしれない。

米露の戦闘は、一歩間違うと人類破滅の核戦争になる。

米軍の上層部は、ロシアを敵視するだけで、ロシアと戦争する気がない。

シリア上空はロシア軍が抑えている。

米軍は、そこに入って行かない。

トランプはアサドを倒せない。

 しかも、今回のトランプのミサイル攻撃は、シリア政府軍に少ししか損害を与えていない。

攻撃された空軍基地は、シリア軍がISを空爆するための拠点で、倉庫やいくつかの戦闘機が破壊されたが、滑走路は無事で、翌日からISへの空爆が再開されている。

米軍が発射した59発のミサイルのうち、目標に当たったのは23発だけだ。

今回のような非効率なミサイル攻撃を繰り返すのは得策でない。

トランプがシリアを攻撃するのは、今回が最初で最後かもしれない。

 米軍はこれまで、ロシア軍と協調し、シリア東部でIS退治の空爆を続けてきた。

だが今回の濡れ衣的なミサイル攻撃で、ロシアは怒って米国との協調を解除した。

米軍がシリアで活動するのは困難になった。

今回の件は、シリアの将来を決める国際体制から米国が追い出され、ロシアやイランの影響力が増し、露イランの傘下でアサドが続投する多極化的な事態に拍車をかけそうだ。

 ロシア政府によると、4月4日のイドリブ近郊の村での化学兵器拡散は、一帯を支配するアルカイダ(ヌスラ戦線)の武器庫が村にあり、それをシリア軍が空爆で破壊した際、武器庫に貯蔵されていた化学兵器用の物質が飛散して村人が犠牲になった可能性が高い。

アサド政権は最近、国際的に続投を容認されつつあり、そんな中でシリア軍が意図して化学物質を村に飛散させたとは考えにくい。

米英の外交官や議員からも、犯人はシリア政府軍でなさそうだという声が上がっている。

 露政府によると、アルカイダは、村に貯蔵した化学兵器(塩素系?)を、イラクのモスルなどで戦うISに売っていた。

同様の化学兵器は昨秋、アルカイダが占領するアレッポでも使われ、シリア政府軍に濡れ衣が着せられた。

またアルカイダは2013年にも、シリア南部で化学兵器(サリン?)を散布して住民を殺し、米マスコミなどがそれをシリア政府軍の犯行だと喧伝していた。

アルカイダに化学兵器の原料や製造技能を与えたのは、米国とトルコの諜報機関だ。

13年に濡れ衣をかけられたシリア政府はその後、国連決議を受けて化学兵器を全廃し、その後も国際的に監視されている。

廃棄を手掛けたのは米軍だ。

シリア軍は化学兵器を持っていない。

▼トランプは軍産に負けて傀儡になったのか?

 トランプは、米国の諜報機関やマスコミなどの軍産複合体が、アルカイダやISをこっそり支援したり、アサドやイランなどに濡れ衣をかけて攻撃したりする体制を破壊するために、大統領になったはずだ。

大統領就任演説も、そのような方向性の「革命の檄文」だった。

それなのに今回、トランプは突如、軍産お得意の濡れ衣戦争を、自分から積極的にやり出している。

これは何を意味するか?

 ありそうなのは、トランプ政権の上層部で、従来のトランプの軍産敵視の戦略を立案してきた「ナショナリスト(反覇権主義者)」と、軍産の意を受けた「国際(=米覇権)主義者」との権力闘争が激しくなり、ナショナリストが負けている結果、トランプが軍産の策に乗らざるを得なくなって翻身したことだ。

 4月5日、ナショナリストのトランプ側近の筆頭であるスティーブ・バノンが、米国の世界戦略を決める大統領府の最高意思決定機関である国家安全保障委員会(NSC)の常任メンバーから外された。

代わりにNSCを仕切るのは、米軍出身で軍産系とおぼしきマクマスターだ。

 トランプは、選挙戦中から大統領就任直後まで、バノンの意見を最も良く聞き、それがゆえにトランプはナショナリストで反覇権的な「米国第一主義」を掲げていた。

だが、大統領就任後、トランプの娘婿であるジャレッド・クシュナーが、バノンに対抗する形で、トランプ政権の政策を立案決定する主導者として台頭してきた。

クシュナーは、バノンと対照的に国際主義者と言われている。

バノンをNSCから外すようトランプに進言したのもクシュナーだと報じられている。

今や、トランプと習近平の米中首脳会談をお膳立てしたのも、米イスラエル関係を主導するのも、ユダヤ人のクシュナーだと報じられている。

 このような説得性がありそうな話が、事実かどうかはわからない。

だが、バノンとクシュナーの戦いが激しくなり、バノンが最後の抵抗を試みていた感じの3月末に、トランプ政権のシリア戦略が「アサドを許す」方に大きく振れた。

ティラーソン国務長官やヘイリー国連大使が相次いで「アサドを辞めさせるのは、もはや米国の目標でない」と表明した。

だがその後、結局バノンがNSCから外され、4月4日の化学兵器事件を契機にトランプがアサド敵視へと激変し、その2日後に、トランプがシリアに巡航ミサイルを撃ち込んでいる。

 バノンは、NSCを辞めたあとも、大統領首席戦略官というトランプ側近の要職を保持している。

だが、それも近いうちに辞めさせられるのでないかと、米マスコミが報じている。

 これはつまり、トランプが自らの保身のため、軍産潰しの「革命」「覇権放棄(多極化)戦略」をあきらめて、一気に正反対の軍産傀儡、覇権主義に転換したということなのか?。

シリアの状況を見ると、そうも言い切れない。

トランプは軍産お得意の、濡れ衣に基づくシリアへのミサイル攻撃を挙行した。

だが、すでに書いたように、その攻撃は、アサドとその背後にいる露イランを弱体化するどころか、むしろ強化している。

▼バノン式からオバマ式の戦いへと後退したトランプ

 トランプのもともとの戦略は「覇権放棄・多極化(隠然)推進」だ。

トランプは当初、ロシアと仲良くして覇権を譲渡していくことを模索したが、軍産が「トランプ政権はロシアの傀儡だ」「ロシアは米国の選挙に介入してトランプを勝たせた」といった濡れ衣スキャンダルを展開し、トランプがロシアとの敵対を解いていくのを阻止した。

対露協調の主導役だったマイケル・フリン安保担当補佐官が2月中旬に微罪で辞めさせられ、軍人のマクマスターと交代した。

今回ついにバノンもNSCから追い出された。

トランプは、覇権放棄戦略を正攻法で進められなくなった。

 だが、正攻法でないやり方なら、まだやれる。

トランプは、軍産の傀儡になってみせて、シリアを濡れ衣ミサイル攻撃したが、その結果見えてきたのは、ロシアと戦争できない以上、シリアをますます露イランアサドに任せるしかないという現実だった。

「可愛い子どもたちを化学兵器で殺したアサドを武力で倒す」と(演技っぽく)激怒して息巻くトランプに対し、軍人や諜報界の人々は、ロシアと戦争することになるのでダメだと言い出している。

おそらくNSCのマクマスターも、トランプに、米露戦争はできませんと進言している。

トランプが軍産傀儡っぽく戦争したがるほど、軍産の人々は戦争したがらなくなる。

 ネオコンやネオリベラルといった政治側の人々は、無責任に無茶苦茶な戦争をやりたがるが、軍人は、失敗するとわかっている戦争をやりたがらない。

だからトランプは、NSC議長や国防長官といった地位に、マクマスターやマチスといった軍人を就かせている。

戦争できない、どうしよう、と騒いでいるうちに、4月4日の化学兵器事件の真相が国連などの調査で暴露されていき、アサド政権は悪くないという話になる。

ロシアと戦争したくない軍人たちが、アサド政権を濡れ衣から救う可能性が、すでに指摘されている。

おそらくマスゴミは従来の濡れ衣戦争と同様、この真相をほとんど報じないだろう(マスゴミは全部つぶれた方が良いと言ったバノンは正しい)。

しかし、外交官や軍人といった関係者たちは、濡れ衣を認めざるを得なくなる。

米国の信用が低下し、トランプが正攻法でやった場合と似た結果になる。

 トランプが今回、突然に軍産の傀儡として振る舞い出してミサイルを発射したとたん、それまでトランプ敵視ばかりだった米議会が一転してトランプを称賛し始めた。

反トランプなマスゴミの筆頭だったCNNが「トランプはようやく(一丁前の)大統領になった」と礼賛した。

難航していた最高裁判事の人事の議会承認が、一気に可決した。

議会の支持を維持できれば、経済や国内の政策も議会に通りやすくなる。

結果が変わらないのであれば、バノンが提唱していた過激な正攻法のトランプ革命方式より、非正攻法の隠然とした傀儡演技の方が効率的ともいえる。

 こうした非正攻法は、トランプの発案でない。オバマが得意とするやり方だった。

オバマは13年夏に、今回のトランプと同種の、アルカイダが化学兵器を使ったのにそれがシリア政府軍のせいにされる濡れ衣事件に直面している。

トランプはミサイル攻撃をやったが、平和主義を掲げるオバマはミサイル攻撃に踏み切らず、代わりにロシアをせっついてシリアに軍事進出させるところまで持っていった。

ネオコンやネオリベは、オバマの「弱腰」を非難し続けたが、オバマは、シリアをロシアに押しつける多極化に成功した。

この流れの中からイラン核協定も出てきた。

トランプは、いくつもの点でオバマを批判しており、今回のミサイル攻撃も「弱腰のオバマが踏み切れなかったことを俺はやった」と豪語できるようにするための観がある。

だが本質を見ると、トランプが目標とするもの(覇権放棄、多極化)は、オバマとかなり似ている。

 ゴラン高原でシリアと国境を接するイスラエルは、すでに、自国の安全保障を、米国よりもロシアに頼る傾向が強い。

ゴラン高原のシリア側には、イスラエルの仇敵であるイラン傘下のヒズボラなどシーア派民兵が拠点を作っている。

アサドがいるかぎり、イランやヒズボラはシリアを闊歩する。

大きな脅威を感じ始めたイスラエルは、シリアとの国境地帯に、緩衝地帯を作り、戦争を避けたい。

だがそれには、アサドの後見役であるロシアの協力が不可欠だ。

 この件について、米国はほとんど役に立たない。

米国の不能性は今回、トランプが軍産に譲歩してロシアと敵対してしまったことで、いっそう強くなった。

軍産は本来、親イスラエルだが、イスラエルがロシアに近づくほど、ロシア敵視が不可欠な軍産は、イスラエルにとって迷惑な存在になっている。

最近では、軍産との結託を強めている米民主党が、以前のごますりをやめて、イスラエル批判を強めている。

イスラエルは、ロシアに頭が上がらなくなっている。

イスラエルの右派閣僚が「化学兵器を使ったのはアサドだ。

100%間違いない」と豪語したところ、その後の電話会談で、ネタニヤフがプーチンに強く叱られた。

こんなのは一昨年ぐらいまでありえないことだった。

 バノンがトランプ側近を辞任すると、おそらくトランプ政権内のナショナリストが総崩れになる。

それは政治軍事だけでなく、経済の分野でも政策の大転換を引き起こしうる。

以前に書いたが、米国がTPPに復帰し、NAFTAやWTOを再評価し、経済覇権の再獲得へと動くおそれがある。

それについては、事態の推移を見ていきたい。

 トランプがなぜ習近平がいるときにシリア攻撃を挙行したのかという点も書き忘れた。

たぶん北朝鮮との絡みだろうが、これもあらためて考察する。



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Last-modified: 2018-10-15 (Mon) 12:43:55 (JST) (185d) by hikoichi