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2008年6月17日

 6月13日、日本人拉致問題をめぐる日本と北朝鮮の交渉が進展し、北朝鮮側が拉致被害者についての再調査を行う見返りに、日本側は船舶の入港許可など、北朝鮮に対する経済制裁の一部解除を実施する話がまとまった。

 最近の記事に書いたように、北朝鮮に対する日本政府の基本戦略は「対米従属を維持するため、北朝鮮敵視をできるだけ続ける」というものだ。

北朝鮮の核問題が解決したら、その後の6者協議は、東アジアを安定させる集団安保協議の場になる予定で、東アジアに対するアメリカの関与は、その分希薄になる。

 アメリカは従来、日米、米中、米韓など、東アジア諸国と2国間関係だけを強化し、東アジア諸国どうしの横の関係を持たせない「ハブ&スポーク型」の外交システムを作ることで、東アジアにおける単独覇権を維持してきた。

6者協議が発展し、東アジア6カ国(中露米日韓朝)の地域安保組織ができると、東アジア諸国間の横の関係が強化され、その分アメリカの覇権が弱まる。  

日本は、日米安保を軸にした対米関係だけが重要だった戦後の状態を続けられなくなり、中国やロシア、韓国・北朝鮮と、独力で、きちんとつき合わねばならなくなる。

ふつうに考えると、周辺諸国ときちんとつき合うことは、国家として当然の権利や利益、喜びであり、義務なのだが、戦後の日本はアメリカの傘下にいる状態で経済発展に成功し、対米従属に安住しているため、中国やロシアなどとまっとうにつき合う気力と能力を失っている。

 日本は、アメリカの傘下にいる限り、日本自身が何もしなくても、アメリカが圧倒的な覇権の力で、中国やロシアににらみをきかせてくれている。

日本政府の外務省などは、一日でも長く対米従属を続けたいので、拉致問題は解決されず、対露の北方領土や対中の靖国問題がこじれ続けて「外交防波堤」になってくれるのが良いと思っている。

東アジアで崩れる既存体制

 このように考えると、今回の拉致問題の協議進展は、日本政府の希望ではないことがわかる。

日朝協議は、おそらくアメリカ政府から求められて行ったものだろう。

米政府代表のヒル国務次官補は、北の核問題を解決する前に、日本政府が6者協議で一定以上の協力を拒否する根拠として使っている拉致問題を、解決しておきたいと考えている。

 5月25日に北京で行われた、ヒルと金桂冠(北朝鮮外務次官)との米朝協議で、日本人拉致問題が議題の一つになるという報道が流れた。

おそらく、この米朝協議で、北朝鮮が拉致問題で日本に譲歩する話がまとまり、その後、米が日本に「北が譲歩すると言っているから拉致問題の交渉を再開してくれ」と求め、日本政府がしぶしぶ応じた、という経緯だろう。

 6月14日に行われた日中韓3カ国の定例外相会議では、9月に初めての日中韓サミットを日本で開くことで合意した。

日中韓サミットは今後毎年1回ずつ、3カ国持ち回りで開催されることも決まった。

東アジア諸国間の横のつながりが緊密化し、アメリカ単独覇権型の国際体制が失われつつあることが、ここにも表れている。

 韓国では、李明博大統領が、盧武鉉・金大中という以前の政権の反米的な戦略を捨て、親米・反北朝鮮の対米従属路線に急いで戻ろうとしたところ、米国産牛肉の狂牛病問題をきっかけに、韓国内の反米世論が一気に爆発した。

内閣が総辞職を希望するなど政界の混乱に発展し、李明博は対米従属に戻る路線を見直さざるを得ない窮地に追い込まれた。

このことからも、東アジアにおいて、米単独覇権型からアジア諸国間の自立した状態への転換が逆戻り不能な状態で進んでいることがうかがえる。

 東アジアでは、台湾をめぐる状況も急変している。

台湾は5月下旬、中国寄りの国民党の馬英九政権が誕生した後、台中間の直航便の増便など、中国との和解交渉が進んでいる。

その一方、6月10日に尖閣諸島沖の領有権対立のある海域で、台湾の漁船が、日本の巡視船と接触して沈没した事件に関し、台湾政府はかつてなく強硬な態度を示し、日本への抗議の意を込めて、東京の駐日代表処(事実上の大使館)の代表(事実上の大使)を召還した。

台北の抗議行動では、日本国旗が焼かれた。

 台湾政府は、尖閣諸島(釣魚台)の領有権を改めて強く明確に主張し、尖閣諸島海域に台湾沿岸警備隊の船を派遣して日本側に対抗するとともに、駐日代表処の閉鎖(対日関係の断絶)も検討している。

従来の台湾政府は、尖閣諸島の領有権を主張していたものの、対日関係を良くして中国と対抗するため、日本政府と敵対する行為は避けていた。

中国との関係改善を目指す馬英九新政権は、尖閣諸島問題にこだわって日本との関係を悪化させ、台湾国民の反日感情を煽ることで、中国と台湾が反日で結束できる状況を作ろうとしている。

「日米台湾で中国包囲網」は不可能になりつつある。

(この件に関し、日本のマスコミはあまり大きく報じていない。この事件を機に日本人の反台湾感情が煽られると、中国と台湾を反日で一体化させることに貢献してしまうので、反中国プロパガンダに縛られている日本のマスコミは、報道を意識的に小さくしているのだろう)

米朝で中国包囲網?

 日本ばかりでなく、東アジア諸国の中では、いまだに米単独覇権型の思考様式が強い。

たとえば北朝鮮の金正日政権の中には「アメリカとの国交を正常化したら、その後の北朝鮮は(アメリカが気前の良い援助をくれるなら)親米反中国に転換し、アメリカのために、中国包囲網の一環として機能したい」という考え方が強いと、アメリカの北朝鮮専門家が述べている。

 朝鮮は前近代には中国、近代に入ってソ連、日本から影響力を行使され、戦後は米ソ、米中の対立の場となった。

今、再び中国が強くなる中で、北朝鮮がアメリカに頼って中国と対抗しようとするのは、諸大国に挟まれた小国として当然の戦略だ。

ドイツとロシアに挟まれたポーランドやチェコが、再統一で復活したドイツや、プーチンのロシア台頭を嫌ってアメリカを頼り、米単独覇権主義を歓迎したのと同じ発想である。

 しかし、当のアメリカのブッシュ政権が考えていることは正反対で、将来の北朝鮮を中国の傘下で生きていく国にしようとしている。

中国は、6者協議が始まった2003年ごろには、反抗的な北朝鮮の面倒を見るのを嫌がっていたが、その後納得し、今では目立たないように配慮しつつも、北朝鮮の宗主国として振る舞っている。

 中国は、北の金正日政権が崩壊した場合、親中国的な将軍などに政権を作らせて中国の傀儡国にすることを考えており、そのために「かつて朝鮮半島北部にあった高句麗王朝は、中国の王朝(地方政権)であった」という説を2004年に打ち出したりした。

高句麗が中国の王朝であった以上、朝鮮半島北部は、中国が傀儡化する権限を持っているという主張である。

高句麗に関する中国側の新説は、高句麗は朝鮮民族の王朝であると主張する韓国から強い反発を受け、一時的に中韓関係が悪化した。

 しかし現実的には、在韓米軍も2012年を目指して韓国での軍事負担を軽減している最中で、アメリカの軍事的後ろ盾が失われる中、今後北朝鮮が崩壊した場合、介入する勢力の中心は中国になる。

高句麗が中国の王朝かどうかという歴史的事実性はどうあれ、北朝鮮はすでに中国覇権下の国になっている。

ライスの「アメリカ式現実主義」

 米政府内では、北朝鮮との交渉は、ライス国務長官・ヒル国務次官補のラインですべてが決まり、他の筋(「人権」外交派、軍産複合体など)からの介入を排除している。

ライスは先日、フォーリン・アフェアーズ誌に発表した論文「新たな世界に向けたアメリカ式現実主義」(American Realism for a New World)の中で、北朝鮮核問題をめぐる6者協議を、6カ国による「北東アジア集団安保体制」(a Northeast Asian Peace and Security Mechanism)に発展させていくことを提唱している。

 この手の提唱は、以前から折に触れて米国務省から出され続けており、ブッシュ政権の最終目標が、北東アジアに地域安保体制を作ることだと感じられる。

アメリカにとって、北東アジア集団安保体制は、従来のハブ&スポークに比べ、明らかな覇権の低下であり、単独覇権から覇権の分散(多極化)への移行である。

 ライスは論文の中で、6者協議を集団安保に発展させることは、6カ国の総意であるかのように書いているが、現実には、日本政府と、韓国の李明博政権は、アメリカの覇権低下につながる地域集団安保に猛反対だ。

ライスは、従属姿勢の日韓が、アメリカの方針に正面切って反対できないと知っているため、日韓までが集団安保に賛成しているかのような書き方をしている。

中国包囲網で煙に巻く

 ライスは同じ論文の中で、アメリカはオーストラリア・日本・東南アジアとの「民主的な同盟」(a strong, democratic alliance)を重視するとも書いている。

アメリカにとって、台頭する中国との協調も大事だが、アジアとの民主同盟も大事だと言っている。

インドや韓国との関係も、民主同盟との並立で書いている。

アメリカとアジア諸国との民主同盟とは、つまるところ「中国包囲網」である。

ライスは、一方で中国との関係強化を主張しつつ、他方で中国包囲網の持続を提唱している。

 ここで湧いてくる、アメリカは親中国なのか反中国なのかという疑問は、冷戦後のアメリカの対アジア戦略を分析する際に、いつも出てくる話だ。

米政府は、意図的に分析者を煙に巻くために、親中国だが反中国でもあるような戦略を打ち出し続けているように見える。

 米政府ではライス国務長官だけでなく、ゲイツ国防長官も、中国との軍どうしの米中交流を重視し、日中間の軍事交流も歓迎する半面、先日シンガポールで開かれた定例のアジア諸国の安保会議(シャングリラ対話)では、アメリカは今後もアジアの安全保障に深く関与していくことを宣言した。

 現実的には、アメリカはアジアの安全保障に関与し続けているものの、その影響力はしだいに弱くなっている。

「アメリカ・日本・オーストラリア・東南アジア・インドで中国包囲網を形成する」というアジア民主同盟の考え方は数年前からあり、日本の小泉・安倍の前政権は、この考え方に乗ってインドや豪州との軍事関係を強化した。

だがその後、豪州では親中国のラッド新政権が誕生し、ラッド首相は日本訪問を後回しにし、真っ先に中国を訪問した。

豪は「中国包囲網」から離れている。

 アメリカは、インドを取り込むため、原子力協定を結ぼうとしたが、米印双方の政界で反対論があり、特にインド連立政権内の左派の反対の結果、事実上の交渉期限だった5月末をすぎても話がまとまらず、米印協定は結ばれそうもなくなった。

その一方でインドは、以前の記事で紹介したロシアでのBRIC会議(露中印ブラジル)に出席するなど、ロシアや中国とのつながりを深めており、もはや中国包囲網に参加する勢力ではない。

 アメリカが親中国と反中国の両方を打ち出して分析者を煙に巻くのは、米中枢で、親中国の勢力(ニューヨークの大資本家、ロックフェラー、CFR、多極派)と、反中国の勢力(軍事産業と、ユーラシア包囲網のイギリス、米英中心派)が100年の暗闘を続けてきたからだ。

1970年代のニクソン政権以来、30年かけてしだいに親中国の勢力が優勢になっており、分析者を煙に巻きつつ、現実的な事態は中国に有利になっている。

ロシア・中国・インドを支援するブッシュ政権

 そもそもライスの今回の論文の最大の趣旨は、ロシア・中国・インド・ブラジルというBRIC諸国との協調関係を強化する方針を、ブッシュ政権の残りの7カ月の任期の世界戦略として打ち出したことである。

ライスは、中東地域では「民主化」を押し進めるが、ロシアや中国に対しては、独裁をやめろと主張して制裁するのではなく、世界を安定させるために中露の協力が不可欠と考える現実策を重視すると表明し、これを論文の題名でもある「新たな世界に向けたアメリカ式現実主義」と呼んでいる。

 ブッシュ政権は、2004年には先代のパウエル国務長官が「アメリカはロシアや中国、インドとの協調関係を強化する」という、今回と似た趣旨の「協調の戦略」(A Strategy of Partnerships)と題する論文を、今回と同じフォーリンアフェアーズで発表している。

 私が「ブッシュ政権は、単独覇権主義を意図的に過剰にやりすぎて多極主義を実現する『隠れ多極主義』ではないか」と思い始めたのは、このパウエル論文がきっかけだった。

4年たって同じ趣旨の論文がライスによって出され、ブッシュ政権が隠れ多極化戦略を貫徹していることが改めて感じられた。

 今回、ライスの論文は、5月にロシアで事実上初めてのBRIC外相会議が開かれるなど、ロシア・中国・インド・ブラジルによるBRICの同盟体(非米同盟)が台頭し、国際社会の欧米中心体制が崩れていく傾向が強まる中で発表されている。

 論文では、北朝鮮の問題を「アメリカと中国・ロシアとの協調の場である6者協議」で解決することのほか、イランをロシアと同様に「偉大な文化の、偉大な人々の国」と呼び、イランがウラン濃縮をやめたら、アメリカは国際社会とともに、イランとの関係改善を模索すると表明している。

対イラン関係について「アメリカには、永遠の敵などいない」と書いている。

 現実的な動きとして、日朝の拉致問題の再協議とともに、6者協議は進展していきそうな流れになっているし、イランに対しては、EUの外務大臣職であるハビエル・ソラナが率いるP5+1(米英仏露中独)の代表団が6月15日からイランを訪問し、イラン側と核問題についての協議を進めた。

従来は「ウラン濃縮はIAEA加盟国の権利であり、絶対やめない」と言っていたイラン政府は今回、交渉に応じる柔軟な姿勢を見せていると報じられている。

 P5+1の中ではロシアと中国、ドイツが、親イランの姿勢だ。イランの問題が解決していくとしたら、イスラム世界での露中独の評価が上がる。

北朝鮮とイランの問題が解決されていくと、国際社会での米英の影響力が下がり、中露などの影響力が上がり、世界の覇権構造の多極化につながる。

中露などBRICを応援するライス論文は、多極化傾向に拍車をかけている。

西半球の国に戻るアメリカ

 今回のライス論文はいろいろと重要なことを示唆しているので、蛇足になるが書かせてもらうと、この論文のもう一つの重要点は「民主化支援の一環」と言いわけしつつ、中南米諸国との協調関係の強化をうたっていることだ。

中南米のことは、04年のパウエル論文にはなかった。

私の予測では、アメリカが世界を多極化していくと、アメリカ自身は西半球の国という自覚を強め、今後どこかの時点で、これまで軽視してきた中南米諸国やカナダとの関係を強化する。

 第2次大戦後のアメリカを支配してきた「米英中心主義」の考え方は、アメリカは放っておくと西半球の国に戻り、南北米州を中心に考えるようになって、ユーラシア大陸に対して不干渉の対度を強めかねない。

そのため、アメリカの米英中心主義勢力は、キューバ制裁や、中南米の軍事独裁への支援、麻薬戦争など、中南米の人々が怒ることをやり続け、アメリカと中南米との関係を意図的に悪化させ、アメリカが西半球重視に戻らないようにする一方で、冷戦やテロ戦争を扇動し、アメリカをロシア・中国やイスラム世界との戦いに駆り立て、イギリスやイスラエルの国益がアメリカによって守られるようにした。

 ブッシュ政権が、米英中心主義が望む方向性を過剰にやることで、逆に米英中心主義を潰す作業を一段落させた今、次の方向性としてライス論文が中南米との和解を打ち出し、キューバの改革への支援を含む、西半球の国々との関係再強化を打ち出したのは、多極化の方向性として興味深い。

これに呼応するかのように、ベネズエラのチャベス大統領は先日、コロンビアなどの反政府ゲリラに対し武器を捨てるよう求め「中南米では武装闘争の時代が終わった」と宣言した。

今後、次の米政権にかけて、アメリカと中南米の関係がどうなるか注目される。

 蛇足の2点目は「中東民主化」についてである。

ライスは論文で「アメリカは今後も世界の民主化を続けていく」と表明し、特に中東地域の民主化を重視している。

しかし反米・反イスラエルの世論が強まるばかりの昨今の中東では、民意が政治に反映される選挙が拡大するほど、反米・反イスラエル・親イランのイスラム主義勢力の政治力が増大し、アメリカを中東から追い出し、イスラエルに大譲歩を迫る(もしくは潰そうとする)勢力が強くなる。

 イスラエルは「中東民主化はもうやめてくれ」と思いつつ、ブッシュ政権が強化してしまったハマスやシリア・ヒズボラとの和解交渉を余儀なくされている(戦争は自滅なので)。

イスラエルがシリアへの敵視を弱めていると見るや、シリアの旧宗主国だったフランスやロシア、中国などが、シリアとの関係強化に動き出し、シリアを孤立させた状況下で交渉を有利に進めようとしていたイスラエルの思惑を破壊している。

今後、イランが国際社会から許されていくとしたら、中東においてイスラム主義諸勢力が許されて強くなり、そこにロシアや中国、EUが群がり、その一方でイスラエルが弱くなる傾向に拍車がかかる。

無極化と多極化

 世界は、ブッシュ政権の(故意の)失策によって、多極化の傾向を強めている。

これを「多極化」ではなく「無極化」と呼ぶ人もいる。

CFRの会長をしているリチャード・ハースは最近、フォーリン・アフェアーズに「無極化の時代」(The Age of Nonpolarity)という論文を出した。

「アメリカの単独覇権の時代は終わりつつあるが、今後の世界は多極化ではなく、極が無数にある無極化の時代になる」という趣旨で、地域に影響力を及ぼす小覇権国としてBRIC以外のたくさんの国名を挙げるとともに、多国籍企業、民兵組織やNGO、国連機関などの国際組織などが、国際影響力を分散して持つ時代が来ると書いている。

 私から見ると、多極化と無極化は、ほとんど同じである。

世界の諸勢力は、米英中心主義(米単独覇権)に寄与する組織か、米単独覇権を無視・敵視する非米・反米的な組織かのどちらかであり、無極化は非米・反米的な組織の国際影響力の拡大を表し、多極化と同じだからである。

ハースは「多極化」という用語を、第一次大戦前に英米仏独日露が並び立っていた国際社会の状況を表す狭義の意味で使っているが「覇権がアメリカ(米英)単独ではなく、分散されている状態」という広義に使うなら、無極化は多極化である。

そもそもハース論文の大半は、アメリカの覇権喪失の過程についての分析であり、無極化について詳細に書いていない。

 ハースが会長を務めるCFR(外交問題評議会)は、ニューヨークの大資本家たちが19世紀末、大英帝国の覇権を当時の米政府によって分解させ、世界を多極化するために作られた研究言論機関(シンクタンク)である。

CFRにはその後、イギリス系の米英中心主義勢力が席巻したりして紆余曲折あったが、1970年代のニクソン政権以降のアメリカの自滅的な多極化路線には、CFRの姿が見え隠れしている(キッシンジャーはCFRから要請され、米中関係正常化などの多極化を進めてきた)。

ハースが「多極化ではなく無極化」などと、分析者を煙に巻こうとするような論述を行うのは、CFRが展開している隠れ多極主義を人々に悟られないようにするためかもしれない。

ヤルタ体制の復活

 話を元に戻す。

世界は、ブッシュ政権の(故意の)失策によって、多極化(無極化、覇権共有化)の傾向を強めている。

冷戦後の米英の覇権は、デリバティブを使った金融の大儲けに立脚する金融覇権だったが、昨夏以降の金融危機で、米英ともに金融界は破綻しそうで、覇権通貨であるドルは弱体化して世界にインフレをまきちらし、経済面でも米英覇権は危機である。

 今のところ、国力から見ると、世界各国の中でまだアメリカが圧倒的に強いが、今後、金融危機とドル危機で経済面の覇権が崩れていくと、ドルに代わる国際通貨が出てくるかどうか(中国人民元やアラブ産油国の通貨が国際通貨になりうるか)など、世界の覇権構造は、予測の難しい状況になる。

しかしあえて、過去の歴史からアメリカの多極主義者が目標としている状況を類推するなら、それは「ヤルタ体制の復活」である。

 ヤルタ体制とは、第二次大戦末期の1945年2月、米英ソ連のトップがソ連の避暑地ヤルタに集まり、欧州と極東を中心とする戦後の世界の分割状況を決めたヤルタ会議など、大国間の世界分割談合で作られた戦後の世界体制のことである。

ヤルタ会談に先立つ1943年のカイロ会談(米英と中国の首脳で、アジア方面の勢力分配を決めた)、テヘラン会談(米英ソ連で、中東・中央アジア地域の勢力分配を決めた)、ドイツ降伏後に行われたポツダム会談と合わせ、戦後の世界体制(ヤルタ体制)が確立された。

 ヤルタ会談では、国際連合の設立についても話し合われ、世界の重要事を決める特権的な大国である国連安保理常任理事国に、米英仏の欧米3カ国と、ソ連、中国を入れた。

ヤルタ体制の特徴は、米英中心型でなく、中露に米英と対等な立場の覇権を与えた多極型の世界体制を作ったことにある。

多極型を望んでいたのは、アメリカの多極主義者(ニューヨークの資本家ら)である。

 これに対し、イギリスは「イギリスが立案した世界戦略に沿って動くアメリカのみが世界の覇権国になる」という米英単独覇権主義で、アメリカを二度の世界大戦に引っ張り込み、戦前に覇権を急拡大させていた日本とドイツをアメリカに潰させたのはイギリスである。

イギリスがアメリカを操って日独を潰し、米英単独覇権を作りかけたところに、アメリカの資本家が横やりを入れて主導権を奪い、ソ連と中国に戦後の覇権を分配するヤルタ体制を作った。

新ヤルタ体制とイスラエル

 イギリスはこれに対抗し、アメリカの政界やマスコミを扇動してソ連と中国の脅威を煽り、1950年には北朝鮮の金日成を引っかけて南侵させ、朝鮮戦争を起こして冷戦体制を作り出し、欧米とソ連中国が仲良く談合して世界を統治するヤルタ体制を破壊した。

 だがその後、ヤルタ的な世界体制は、1972年のニクソン訪中や、その後の米ソ軍縮あたりから少しずつ復活の兆しが見え、1989年に冷戦構造が解体された。

冷戦構造を失うイギリスに対し、アメリカの資本家は、ロンドンを国際金融センターにして儲けさす代償を与えた。

冷戦後の「新ヤルタ体制」の大国間談合体制には、ロシア、中国のほか、EUとして統合していく独仏中心の欧州も加えられた。

日本も、希望すれば大国の仲間入りできたはずだが、日本自身が対米従属から脱したがらず、大国になりたがらなかった。

 冷戦後、イギリスは金融立国として満足したが、イギリスが1970年代にアメリカ操縦のノウハウを教えて米中枢に送り込んだイスラエルは、米英からパレスチナ人との和解を強制された。

イスラエルは1990年、米中枢を動かしてイラクのクウェート侵攻を誘発し、湾岸戦争によって、米軍が中東に恒久駐屯してイスラエルを守る新体制を作ろうとしたが、米側(パパブッシュ大統領)は米軍をイラクに侵攻させず、失敗した。

 その後、イスラエルは97年ごろから「欧米イスラエルがイスラム(アラブ・パレスチナ人)と恒久戦争する」という「テロ戦争」の概念を作り出し、2001年の911事件で、テロ戦争がアメリカの世界戦略の中心に据えられ、03年には、10年前からイスラエルが望んでいた米軍にイラク侵攻させる件も実現した。

冷戦後、冷や飯を食わされたイスラエルが、大反撃に成功したかに見えた。

 しかし、隠れ多極派のブッシュ政権は、テロ戦争やイラク戦争を過激にやってイスラム主義を扇動し、イスラエルを窮地に追い込むとともに、イギリスがアメリカに追随して操縦することも不可能にし、その一方で中国やロシアに嫌がらせをして、中露を反米方向で結束させつつ、中露の台頭を容認し、新ヤルタ体制を強化している。

対米従属終焉で蘇生する日本人

 新ヤルタ体制下では、アメリカは世界の大国間のまとめ役を目立たないかたちで続けるだろうが、自らは西半球のみを影響圏とし、ほかにロシア、中国、インド、EU、中東イスラム圏(サウジ、イラン中心)が地域覇権勢力になりそうだ。

その他、南アフリカを中心とするアフリカ(サブサハラ)や、アメリカとは別のブラジル中心の中南米などが地域的なまとまりになるかもしれない。

日本は当面、中国の影響圏の端の方に位置する鎖国的な国、という感じになる。

 大国どうしが競っていた対立的な第一次大戦前の多極型とは異なり、今後予想される多極型の世界体制は、世界に対する大国間の共同管理のような形を取る(これは旧ヤルタ体制で、すでに目指していた)。

大国どうしが戦争して単独覇権を目指すという、戦前の動きとは逆方向である。

世界は、今よりも安定するだろう。

ただしその前に、窮したイスラエルやイギリスによる最後の逆襲的な戦争誘発があるかもしれない。

 アメリカは来年新政権になるが、ブッシュ政権が敷設した、財政・金融・軍事などの自滅策が爆発し始めるのはむしろこれからだ。

米の次政権は、財政やドルの破綻、イラクやアフガンの軍事占領破綻などと格闘するだけで手一杯となる。

多極化を容認してロシアや中国、イランなどに助けを求めることはできても、逆の方向の米単独覇権主義に戻ることは、誰が次期大統領になっても、おそらく不可能だ。

 短期的には、アメリカは今後も、北朝鮮やイランなどと、なかなか和解しないかもしれない。

アメリカが北朝鮮やイランと和解すると、世界は「それじゃあまたアメリカに世界の管理運営を頼もう」と思い、世界が米単独覇権を頼る傾向が戻ってしまう。

レーガン政権以来30年のアメリカは、国際社会で横暴に振る舞うことで世界を怒らせ、世界のアメリカに対する依存心を断ち切ることを目指してきた。

北朝鮮やイランとは最後まで和解せず、中国やロシア、EUなど他の大国が問題を解決するように仕向けるのが、アメリカの戦略かもしれない。

 アメリカが北朝鮮と和解しないと、日本政府は、北朝鮮を敵視して対米従属を続ける戦略が保てるので喜ぶだろう。

しかしそれは、ぬか喜びである。

最終的なアメリカの目標は、自国の覇権を解体して中国やロシアなどに分散することであり、この目標が達成されていく過程で、日本はアメリカから切り離される。

日本はアメリカに懇願し、世界の例外として対米従属を続けさせてもらおうとするかもしれないが、一カ国に例外を許すと、他の国々も対米従属の維持を懇願してくるので、アメリカは日本に冷たくする(日本人を怒らせて反米にする)だろう。

 アメリカに切り離され、途方に暮れた後、日本にとって良い時代が来るチャンスがある。

今の日本人は、何も知らずに対米従属状態に置かれているので、現状以外の状態があり得ることを知らない。

日本は、アメリカから切り離された時、世界と自分たちの本当の関係に気づく機会を得る。

日本は自立した国に戻り、国民は国際社会のダイナミズムの中で(対米従属を糊塗する今のインチキ国際貢献ではなく)自力で活動する喜びを知り、半鎖国から出て、自信を取り戻すことができるかもしれない。


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初版日時: 2017-10-18 (水) 22:04:18
最終更新: 2018-04-13 (金) 18:51:12 (JST) (22d) by hikoichi